欅坂46

欅坂46の歌詞を批判が的外れすぎるし、バカらしいので一生戦争してろ。

1か月ぶりにブログを書いていますユトピ(@yutopi60pa)です。

いやー、書かずにはいられなかった。
あ、これ完全に僕の価値観だあり、意見なので、タイトルで不快な気持ちになるなら見ない方がいいよ。
あと何言われても同調圧力に屈しないですからね。


[blogcard url=”http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/31/keyakizaka_n_17646292.html”]

いまこんなバカなことで署名とかするんだねw

この問題ってさ、批判している人も擁護している人もお互いを理解する気無いよね。
一生決着つかんよこの問題。

そもそもこの歌詞は全く女性蔑視になんて思えない。

月曜日の朝、スカートを切られた
通学電車の誰かにやられたんだろう
どこかの暗闇でストレス溜め込んで
憂さ晴らしか 私は悲鳴なんか上げない


これは女性が弱いから悲鳴を上げられなかったとか、痴漢されたとかなんて意図ないだろ。国語勉強し直せよ。

状況としては、
スカートを切った男(男かどうかは知らんが)は、「普段から同調圧力に屈してストレス溜め込んだ大人が”スカートを切る”という行為をし、女性が悲鳴を上げることを楽しんでいる」っていうのが読み取れる。

そして切られた側の少女は「そんな奴らに負けたくない」という意図から”悲鳴をなんか上げない”って言ってるんでしょうよ。
むしろこれは女性の強さを表しているんだと思うよ。


痴漢を我慢したから強いとかではないよ。


この曲において「ストレス発散で痴漢をする大人」は「社会の同調圧力の犠牲者であり加害者」のように扱われているんだよ。
要するに痴漢は同調圧力の比喩


だからここで、弱さを見せるようなこと=痴漢の思い通りに悲鳴を上げる行為はしないという風にこの歌詞は言ってる。


「悲鳴=弱い」は間違ってるかもしれないし、秋元さんは正直ステレオタイプな考えだけど、この曲においては批判にあるような表面的なことは書かれていないよ。

そもそもこの歌は女性だけに向けたというよりは若者に向けた歌詞だけどね。


確かに現実にこんなことあったら怖いよ。
だけど、僕は男だから被害を受けた女性の気持ちを100%理解することはできない。

でもこれって歌じゃん。意図があるんだよ。
その意図を汲まずに表面だけ見て批判するのは軽率だと思うよ。

ツイッターとかで叩いている奴らも基本的には同じ。表面しか物事見ないで、叩いているやつらばっかだよね。


それを考えられないからこんな記事みたいな的外れな理論を展開できるんだよ。

「サイレントマジョリティー」の前日譚だからセットで考えるべき、というファンの反論についても、同じだ。ファンは「月曜日の朝、スカートを切られた」で悲鳴も上げられなかった少女がそれをきっかけに自我に目覚め、「サイレントマジョリティー」で同調圧力にも抵抗できるようになるというストーリーだと擁護している。しかし、それではまるで痴漢や傷害の被害に遭ったのは、少女側の弱さか何かに原因があるみたいではないか。痴漢や傷害の被害に遭うことは、同調圧力に屈することや自分の意志を主張できないこととはまったく別次元だ。痴漢や傷害は、自我に目覚めるための通過儀礼などではない。受けた心の傷を成長の糧に変える、というレベルの話ではない。 


あまりに的外れ。
ファンの言っていることを全く理解しようとしていないよね。

女性が弱いから痴漢の被害に遭ったとも言っていないし、痴漢によって同調圧力に屈しない意思が芽生えたなんて言っていない。都合の良いように解釈してるよ。

今回の同調圧力に屈しないという歌詞と女性が弱いという話は全く別次元の話。

そう。まったく別次元だからこの問題は平行線なんだよ。
だから一生決着つくことはないよ。


痴漢は撲滅するべきだよ。傷つく女性がいるのも確かだし、無実の男性にしても冤罪問題で肩身の狭い思いをしている。
痴漢は撲滅されるべきだ。

だからといって表現の自由を侵せないのもまた事実
仮に痴漢を題材にした曲があったとしてもそれは表現の自由の元で許される。(欅坂46の曲は痴漢が題材ではないけど)

この二つを折り合いつけるなんて無理。あっちが立てばこっちが立たず状態だよ。

だったらせめて相手の主張を理解することぐらいしようぜ。
このまま一生争うことになってお互い悪い結果にしかならないよ。

それができないならしぬまで戦争してろ。



ぶっちゃけ嫌なら見なければいい。
いろんなところに気を使って生きづらい世の中なんて御免だよ。こっちも表現者としてしんどいわ。


そんな同調圧力勘弁してくれ。好きなものを見て、嫌いなものは見なければいいんだよ。

ホント、歌詞の解釈に微妙な違いがあるだけで全く違う解釈になる欅坂46の曲が女性蔑視で問題になって、西野カナの「トリセツ」がどうして男性蔑視にならないのか理解できないよ。もしこれが性別逆だったら西野カナはもう歌手なんてできないだろうね。

僕は西野カナは嫌いなので見ないようにしてますけど。




あ、最後にこのリンクでも貼っておこうかな!
男性差別 – Wikipedia

尾崎豊の再来?若者を代弁した欅坂46のヒットの理由。

どうもユトピ(@yutopi60pa)です。


僕は乃木坂46と欅坂46のファンです。
と言ってもCDかって握手会に行ったりライブに行ったりはしないですが。


主に彼女たちの楽曲が好きなのです。加えて作詞の秋元康さんの世界観も好きなんですよ。
以前に乃木坂46のオススメ楽曲記事も書いたりしました。


[blogcard url=”https://60pablog.com/nogizaka-46-recomend11/”]

この中では歌詞からみた僕のオススメ曲を紹介しました。


そして今回は欅坂46の曲について語りますかな。
ここ最近で知名度が爆上がり中の彼女たち。

なんといってもデビュー曲の『サイレントマジョリティー』が若い世代にウケたことが功を奏していますね。
また最近だと『不協和音』も話題になっているようです。

ということで今回はまたまた歌詞からこの二つの曲について語っていっちゃおうかなと思います。


欅坂46の曲は社会の流れをうまく表現している


さて、この『サイレントマジョリティー』と『不協和音』にはある共通点があります。


どちらの歌詞も「同調圧力に対してのアンチテーゼ」になっています。


まずはサイレントマジョリティー。


君は君らしく生きていく自由があるんだ
大人たちに支配されるな
初めからそうあきらめてしまったら
僕らは何のために生まれたのか?
夢を見ることは時には孤独にもなるよ
誰もいない道を進むんだ<br>この世界は群れていても始まらない
YESでいいのか? サイレントマジョリティー

出典:欅坂46公式サイト


続いて不協和音


不協和音で
既成概念を壊せ
みんな揃って
同じ意見だけではおかしいだろう
意思を貫け!
ここで主張を曲げたら生きてる価値ない
欺(あざむ)きたいなら
僕を抹殺してから行け! 

出典:欅坂46公式サイト


こんな感じで、2曲とも全体的に「同調しないで自分を持てよ」というメッセージが込められています。 

これを同じ格好をしたアイドルグループが歌っているのも面白いですが、こういった歌詞を今のタイミングで出せる秋元康さんはやっぱりすごいなと感じます。


最近の社会はブラック企業などのせいか、組織に反抗するような気運が見られます。
今までは皆に従って会社に盲目的に従うのが善とされてきたのですが、現在はそれも崩れ去ろうとしています。

会社で働くこと以外にも道はあるし、自分をつぶしてまで社会に貢献する必要もない。


そして今のゆとり世代と呼ばれる人たちは組織よりも個を重視する人間が多い傾向がありますね。
僕もゆとり世代ですが、社会や企業よりも個人を優先したい気持ちはありますよ。


そんな流れになってきている時代に『サイレントマジョリティー』や『不協和音』みたいな曲を出しちゃうのがすごい。まさに今の若者が持っている不満にドンピシャな歌詞なんですね。

しかもそれをアイドルグループが歌うというね。ここにインパクトがあります。


欅坂46の尾崎豊感


昔社会や大人たちに反抗するようなアーティストがいましたね。
それが尾崎豊


彼もまた社会への同調にたいするアンチテーゼ的な歌詞を書いていたように思えます。それが当時の若い世代にヒットしたわけです。


さすが「10代の教祖」や「若者のカリスマ」と言われるだけあります。
当時の若い世代の鬱憤を見事に表現したのですね。


時は立って2017年。
欅坂46も尾崎豊に似た雰囲気がありますね。

主張するところは微妙に変化しても、社会や大人たちへの反抗のメッセージは変わったいないわけです。


もちろんサイレントマジョリティーなどのメロディの中毒性もありますが、僕としてはやっぱり歌詞がすごい好きです。

僕は中学時代も高校時代も大人しいタイプで、どちらかというと大人に反抗しない子供でしたが、やっぱり無理に同調するのは嫌でした。
特に自分の中で筋が通らないようなことには感情を表に出すこともありましたよ。


そういった行き過ぎないまでも、自分を優先して考える個人主義の若者の感情にクリーンヒットしたのが『サイレントマジョリティー』や『不協和音』だったわけですね。


まとめ


それにしても秋元康さんはマーケティングも本当にうまいよね。世の中のことわかっていないとこの歌詞の曲を出せませんよ。

しかもバンドやソロアーティストじゃなくアイドルグループが歌うところに意味がある気がする。

バンドが社会批判的な曲を歌うことは珍しくないし、ソロアーティストでも尾崎豊を越えるようなインパクトが無ければどうしても目立たない。


大人数の組織であるアイドルグループが社会を批判する曲を歌うことにやっぱり意味があるんですね。


あー、たまらんわこれ。
今後欅坂46がどのような展開になるかはわかりませんが、このままかっこいい路線でいいてもらいたいなー。

いきなりアイドルらしいキャピキャピソング歌うのもそれはそれで見てみたいけどw